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年齢: 72歳 |
当日11時30分頃、友人がAさん宅を訪ねると、椅子に横になり「身体がこわい。風邪だと思う。でも大丈夫だから。」と言うので友人は帰宅する。
午後になり友人が気になり、3時頃友人2人で訪ねると同じ状態で横になっていた。救急車を要請、日頃通院していた○○病院は受け入れ困難と解り当院に搬送された。
ICUでは「死」だけしか考えられなかったが、ICUの看護師さん達に「Aさん、今日も大変でも安心して」の言葉に励まされた。2病棟でも、看護師さんの温かさのあるやさしさや、介護の方の何気ない言葉の励ましが嬉しく感謝の気持ちで一杯。
院長の時々訪室してくれた一言の励まし(私の病気のことを理解した)に感激。又、入院部屋が6人部屋であることから、学んだことや、気付いたことがたくさんあり、これからの人生に役立て前向きに生きようと思った。
この病気になって一つ一つの自分を発見している。達筆だった字が書けなくなり、気付くと左手が支えてくれていた。体にはいらない物はひとつもない。一つ一つを大事にして欲しい。作家、五木寛之氏の「二つの手」の文章の中で、二つの手だけでは、生きて行けない。みんなの手の支えが必要であると記されている。
助け合うことの大切さ、日本人はその、助け合い方がまだ未熟だと思う。
私のこれからの生き方として大事にしたいのは、人の痛みが解り、真実が通じあえる生活をして生きたい。
これからは高齢化社会、それぞれの生きてきた人生を大切にして欲しい。
私達看護師・ヘルパーは、Aさんの発言一言一言が常に勉強となっています。何事にも前向きに考えようとしている姿勢、御自身の障害をバネにして、一つ一つ自分の為に神が与えてくれた教訓として生きる力としている。
「左手がこんなに動くようになったの」と言って、それが自分の努力であるのに、必ず「皆さんのおかげで」と笑顔で話す。そして自分はどこが欠けても駄目なんだということがよく解りましたと話してくれる。
そんなAさんの様子から私達は様々なことを学ばせていただいております。